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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)4303号 判決

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

理由

第一  申立

主位的請求の趣旨

一  被告東映株式会社は、原告に対し、別紙物件目録記載(一)の建物を収去して同目録記載(二)の土地を明渡せ。

二  被告国良商事株式会社は、別紙物件目録(一)記載の建物の内、別紙図面中本件建物部分{2}の部分から、被告許忠雄は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{3}の部分から、被告八十田勲は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{3}の部分のうち、建物平面図3の寿司「玉平」と記載のある部分から、被告田口ヨシ子は、同建物の内、別紙図面本件建物部分{4}の部分から、被告常盤興産株式会社は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{5}の部分から、被告園田寿は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{6}の部分から、被告橋岡太は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{7}の部分から、それぞれ退去して、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の各土地を明渡せ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

予備的請求の趣旨

一  被告東映株式会社は、原告に対し、五〇億円の提供を受けるのと引換えに、別紙物件目録記載(一)の建物を収去して同目録記載(二)の土地を明渡せ。

二  被告東映株式会社が原告から五〇億円の提供を受けるのと引換えに、被告国良商事株式会社は、別紙物件目録(一)記載の建物の内、別紙図面中本件建物部分{2}の部分から、被告許忠雄は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{3}の部分から、被告八十田勲は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{3}の部分のうち、建物平面図3の寿司「玉平」と記載のある部分から、被告田口ヨシ子は、同建物の内、別紙図面本件建物部分{4}の部分から、被告常盤興産株式会社は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{5}の部分から、被告園田寿は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{6}の部分から、被告橋岡太は、同建物の内、別紙図面中本件建物部分{7}の部分から、それぞれ退去して、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の各土地を明渡せ。

三  訴訟費用は、被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

(被告ら)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

との判決。

第二  事案の概要

本件は、堅固建物の所有を目的とする土地賃貸借契約に関し、賃借人の更新請求に対する賃貸人の異議について正当事由の存否が争いになつている事案で、賃借人がいわゆる資本家的賃借人で、地上建物で映画館を営み且つ建物の一部を数名の賃借人に貸与している。

以下において、被告東映株式会社を「被告東映」と、被告国良商事株式会社を「被告国良」と、被告許忠雄を「被告許」と、被告田口ヨシ子を「被告田口」と、被告常盤興産株式会社を「被告常盤興産」と、被告園田寿を「被告園田」と、被告橋岡太を「被告橋岡」と、被告八十田勲を「被告八十田」という。

確定的な事実(争いがないか、証拠上明らかな事実)

一  原告は、別紙物件目録記載(二)の各土地(以下「本件各土地」という。)を所有している。

被告東映は、映画の製作・配給並びにその他の興業を業として営んでいるところ、映画興行を営む者としては全国有数の規模であり、各地に多数の不動産を所有し、自らも不動産業を営んでいる。

原告は、昭和三二年一一月一日、被告東映に、堅固建物所有を目的とし、期間三〇年と定めて、本件各土地を賃貸し、被告東映はこの地上に別紙物件目録記載(一)の建物(以下「本件建物」という。)を建築して所有している。

二  本件賃貸借契約は、昭和六二年一〇月末日をもつて期間が満了するところ、被告東映は、本件賃貸借契約期間満了に先立つ昭和六二年九月末日頃原告到達の書面で本件賃貸借契約の更新を申入れた。

原告は、同年一〇月二〇日頃被告東映到達の書面で更新につき異議を述べた。

三  被告東映は、本件建物内に映画館、事務所及び店舗を設けており、その余の各被告は、本件建物内で店舗を営んでいるか、店舗の責任者である。

後記のとおり被告らの一部は従業員であつて独立の占有をしていないと主張しているが、その点をおけば、店舗の位置その経営者もしくは責任者は次のとおりである。

一階 「ラウンジ平尾」被告許

中二階 「甚伍」被告田口

「天プラひろ木」被告園田

「寿司玉丙」被告許、同八十田

「うどん大閤庵」被告橋岡

二階 「ビフテキニュー松坂」被告常盤興産

四階及び六階、七階 「重慶飯店」被告国良

四  本件建物の詳細は、別紙建物平面図のとおりで、この平面図上での各被告の占有部分及び占有権限等は、次のとおりである。

本件建物{1}部分 被告東映(本件建物の所有者)

本件建物{2}部分 被告国良(被告東映から賃借)

本件建物{3}部分 被告許(被告東映から賃借)

本件建物{3}部分の内、建物平面図3の寿司「玉平」と記載のある部分

被告八十田(被告許の従業員)

本件建物{4}部分 被告田口(被告東映から賃借)

本件建物{5}部分 被告常盤興産

(被告東映から被告常盤興産の代表者である棚田正夫が賃借し、同訴外人から被告常盤興産が転借)

本件建物{6}部分 被告園田

(被告東映から訴外竹林たきが賃借し、被告園田が使用している。なお、被告東映は、同被告が占有者か、占有補助者であるかは判然としないと主張している。)

本件建物{7}部分 被告橋岡(被告東映から訴外三幸実業株式会社が賃借しており、被告橋岡は、その占有補助者であると主張している。)

(原告の請求)

被告東映の更新請求に対して、原告は遅滞なく異議を述べている。行使拒絶についての正当事由の詳細は、別紙「原告の主張」のとおりで、要約すると次のとおりである。

(一) 被告の希望により本件賃貸借契約を締結したが、双方が利害得失を合理的に判断して期間を三〇年としたもので、この契約締結に際して正当事由の存在を否定する特殊事情は存在しなかつた。

(二) 被告東映は本件建物を映画館として使用しているところ、原告の地代の増額請求に対して、その営業・財務動向を勘案して対応し、その結果、地代は本件各土地よりも立地条件が悪い土地より低くなつているが、映画の不振は今後も継続することが予想されるので、原告の賃料増額請求に対して被告東映側は今後も同様の対応をすると予測される。

(三) 本件各土地は、原告所有の土地の中でもまとまつて広く、条件の良い土地で、かつて原告の本宅があつた渡辺家の本拠地であつたこと、そして、附近はオフィス街として発展しており、土地の最有効利用としては大規模高層店舗併用事務所が望ましい。

そこで、原告は、本件各土地上に、最先端の技術を導入した賃貸用オフィスを中心とするインテリジェントビルを容積率いつぱいに建築することを計画している。

原告の計画が実現した場合、本件賃貸借契約が継続された場合に比較して圧倒的な収益が期待でき、原告の試算では被告東映から今後三〇年間に得られる地代収入は、右計画に従つた場合の三〇分の一にしか過ぎない。

(四) 被告東映が本件建物を必要とするのは、映画館として使用するためであろうが、同被告の売上高の内、映画興行部門の占める比率は一・二から一・六パーセントと極めて低い。

被告東映は、関西地区に、自らが土地建物を所有する映画館を設置しており、そこに観客の吸収が可能なので、本件建物内の映画館を失つたとしても極くわずかな損失しか生じない。

(五) 原告は、明渡し請求を補完するために、立退料を提供する用意がある。その額は鑑定等を考慮し、一応五〇億円とするが、事情によつてはこれを上回る額の提供も考慮している。

(六) 本件のような営業用賃借権で、典型的な資本家的賃借人である場合は、現借地法の視座の外にあり、欧米諸国では居住用賃貸借と業務用賃貸借が峻別され、後者については更新拒絶の自由の原則を適用するのが一般であることや、借地法解釈の硬直化が土地の供給を減少させていることからすると、社会的弱者の切り捨てという批判が当たらない範囲で、できるだけ契約の自由による土地資本の有効的再配分の機会を認めるべきである。

現在の判例の大多数は、土地の高度利用、有効利用を正当事由として一般的に認めており、被告東映にとつて、本件各土地の賃借を続けることはその営業に不可欠でない。

このような場合、従来の判例の立場からも原告の更新拒絶につき正当事由の存在が否定されることにならないし、通説的見解では容易に正当事由の存在が認められる事例である。

原告の提供する五〇億円の立退料を受領して本件各土地を明渡した場合、被告東映は利益こそ受け、損失を受けないことは、証拠上明らかである。

(被告東映、同国良、同許、同八十田)

本件賃貸借契約の更新拒絶に正当事由がないことについての主張の詳細は、別紙「被告東映の主張」のとおりである。

なお、被告八十田は本件建物部分{3}の部分のうち、建物平面図3の寿司「玉平」と記載のある部分を使用しているが、現場責任者であつて独立してここを占有しているものではないから、その点で同被告に対する原告の明渡し請求は失当である。

(被告田口、同園田)

原告主張の更新拒絶についての正当事由の存在については否認する。

(被告常盤興産)

被告本件建物{5}部分は、被告常盤興産代表者である訴外棚田正夫が被告東映から賃借し、昭和三四年三月一〇日以降、被告常盤興産は同訴外人からこれを賃借しているものであるが、原告主張に対する反論は、別紙「被告常盤興産の主張」のとおりである。

(被告橋岡)

被告東映から本件建物{7}部分を賃借したのは訴外三幸実業株式会社で、被告橋岡は同訴外会社の一従業員で、現場責任者として本件建物{7}部分で稼働しているに過ぎない。

訴外会社は、本件建物に多額の投資をし、うどん・軽食等の大衆食堂を長年経営しており、これが経営できないのは死活問題であつて、ひいては多数の従業員に甚大で深刻な事態を招くことになる。

原告の主張は、被告東映の映画事業の推移のみを問題としており一面的である。訴外会社をはじめ、本件建物内で営業している多数の被告らの立場を無視するような主張に正当事由がないことは明白である。

いわゆるバブルの崩壊により、最近ビルの賃貸状況・経営状況は極めて悪化しており、新築ビルにつき、部屋のほとんどが空室であつたり、半分しか借手がないというビルも多発し、賃料は著しく低下している。

原告の主張する土地の高度利用の目論見も、経済情勢の推移によりいとも簡単に崩壊するもので、泡のように簡単に瓦解するような事柄を根拠に被告ら多数の事情を踏み潰すことが社会正義、公平に反することは明らかである。

第三  当裁判所の判断

一  被告東映はもちろんその余の被告らも、本件建物内での映画館あるいは飲食店の継続を望んでいるところ、原告の主張する更新拒絶の正当事由は、原告自身で本件各土地に収益性の高い建物を建築して高額の収入を得たいということに尽きる。

原告は、本件各土地にかつて原告の本宅があり、渡辺家の本拠地であつたことから、本件各土地に収益性の高いビルを建築したいともいうが、原告の家業の関係から本件各土地上に建物を建築したいとか、する必要があるというのではない。

このような場合、建物が老朽化しているとか、専ら特定事業にのみ適合するように建築され、当該事業がまつたく将来性がないとか、賃貸借契約締結の際に明渡しについて特別の合意があつた等の事情があればともかく、そうでなければ正当事由は容易に認め難いところである。

二  別紙「原告の主張」及び「被告東映の主張」を対比すれば明らかなように、個々の事実の評価はともかく、賃貸借契約締結及び建物の建築経過、本件各土地附近の変化の状況、賃料増額の経緯、被告東映の営業である映画興業の一般的傾向等の各事実については、ほとんど当事者間に争いがないか、提出された関係証拠によつて明らかである。すなわち、

1  本件各土地は、JR大阪駅東南約五〇〇メートル、梅田新道交差点の約四〇メートルの御堂筋西側沿道に位置している大阪市内の一等地で、御堂筋と交差する国道一、二号線地下には、平成七年度完成を目標として片福線工事が進捗していること。

本件各土地の南西側は北新地の歓楽街であつて建物状況を異にするが、近隣地域はいずれも高層ビルが存在あるいは建築中の高度商業地域であること。

2  本件建物(鉄骨鉄筋コンクリート造陸屋根一二階建地下一階)は、昭和三四年の建築当時は、りつぱなビルであつたが、三〇年を経過し、附近に新らしく建てられたビルと比較すると見劣りがし、また土地を最有効利用していないこと。

3  本件各土地の地代につき、原告と被告東映間に、昭和四八年八月二二日、訴訟上の和解が成立し、これにより二年に一度賃料の改定交渉をしてきたが、昭和五一年六月以降の賃料は、公租公課額が純賃料額を上回つており、一般的な公租公課比率からみれば低額な賃料で推移していたところ、原告が昭和五八年五月にした増額請求に対し、被告東映は映画産業の不振を理由に消費者物価の上昇率に応じた純賃料の増額にしか応じられない旨回答し、その後交渉を重ねたが、合意に至らなかつたこと。

右交渉において、被告東映が、全般的な経済環境の動向に加え、業界の動向及び被告東映の営業・財務動向を勘案して改定額を提示したこと、映画館の入場人員及び映画産業の動向が原告の主張するとおりであること。

4  右のような状況から、本件各土地は、附近の状況から映画館としてではなく、オフィスビルを基調とした高層ビルが適当であるとの原告の主張も頷けないわけではなく、鑑定人は標準的使用としては大規模高層店舗併用事務所ビルと判断していること。

以上の事実については、当事者間に争いがないか、証拠上により明らかである。

三  鑑定結果によれば、平成三年一二月一日現在の本件各土地の借地権価格は、二六七億一七〇〇万円相当とのことである。

原告は、正当事由を補完する事由として五〇億円という膨大な額の立退料の提供を申出て、その倍額の提供も考慮してもよい旨述べ、被告東映のような資本家的借地人は、資本の回収のみをその主たる目的としているので、借地権価格相当の提供を受ければ明渡しを拒む事由はないとの趣旨の主張をしている。

しかし、借地法は右のような区別を前提としてはいないし、右のような区別は、それは正当事由の存否の判断において意味を有するだけのことである。

なるほど資本による事業は営利を目的とするが、社会的に有意義な活動を営むことによつて利益を得るのであり、そして、事業は、多様な物的人的関係が統合した有機的な存在として活動しており、多数の従業員に雇用の機会を与えているばかりでなく、被告東映のように映画関係の事業を営む場合はもちろん、他の事業にあつても、多種多様の知的蓄積をも含んだ文化的意義及び社会的意義も有するのである。

そうすると、被告らにおいて事業継続を望み、継続に現実的裏付がある限り、賃借人に使用の必要性があり、賃貸人側が単に経済益により多額の収益を上げたいというだけでは、賃貸人の更新拒絶につき正当事由はないといわざるを得ないし、賃貸人において、多額の、場合によつては借地権価格以上の立退料の提供があつたとしても、正当事由が存在することにはならない。

本件建物内には、被告らが営みあるいはその営業に関与する映画館が三館、飲食店が六店存在し、いずれもその営業を続けており、映画界の状況が原告の主張どおりだとしても、右映画館の売上は、昭和六〇年以降において年間一〇億円近いのであつて、原告の更新拒絶につき正当事由がないことは明らかというほかない。

四  本件賃貸借契約締結経過において、右判断と異にする事情は認められない。また、本件賃貸借契約による地代が低額に推移していることは、鑑定結果においても指摘されているところであり、訴訟上の和解成立後にあつても、原告の賃料増額請求に対して、被告東映が(その当否はともかく)かならずしも協力的でなかつたことは原告の主張するとおりであるが、原告が正当事由として主張していることからすると、本件においてこれら事情が正当事由の存否の判断を左右する事情ではない。

そうすると、被告東映の更新請求に対する原告の異議に正当事由がなく、本件賃貸借契約は更新されるので、原告の被告らに対する明渡しあるいは退去の請求はいずれにしろその前提を欠くことになる。

五  よつて、原告の被告らに対する本訴各請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡部崇明 裁判官 阿部静枝 裁判官 吉岡真一)

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